夏真っ盛り、落ち葉について考える

独り言

老いとは、落ち葉みたいなもの。

木々の葉が色づき、風に揺れながらゆっくりと地面に落ちてゆく。

その様子は、どこか人の人生の後半戦と重なる。

若い頃の鮮やかな緑はなくなっても、長い時間をかけてしか出せない深みのある色がそこにはある。

・・・

なんて、気取ったことを言ってみたが、もうすぐ盆がやってくるという8月上旬に、落ち葉の話をするという私は・・・

大丈夫なんだろうか?

とはいえ、老いを受け入れるのはそう簡単じゃない。

鏡を見ればシワは増え、髪は白くなり、新聞の文字もぼやけてくる。
階段を上がれば息が上がる。
「昨日の夕飯、何だったっけ?」と考え込むこともある。

正直、若い頃の自分が見たら「おいおい、大丈夫か?」と声をかけたくなるだろう。

それでも、こうした変化は自然の摂理なのだ。

春に花が咲き、秋に葉が落ちるように、人間も年を重ねれば変わっていく。

これを「衰え」と思えば悲しいが、「熟成」と考えれば、ちょっと誇らしい気分になれる。

ワインやチーズみたいに、時間をかけて味が出てくる存在になれたら素敵じゃないか。

落ち葉はやがて土に還り、次の芽吹きの栄養になる。

人の老いもまた、誰かに何かを渡す時期なのかもしれない。

知恵や経験は形に見えなくても、誰かの心に残り、未来を育てる力になる。

だから、老いを敵にするより、友として迎え入れよう。

時の流れに逆らわず、その変化を楽しみながら歩く。

たとえ風に吹かれても、ひらひらと舞い上がる落ち葉のように予想外の動きをしてみよう。

出来ることなら、少しでいいから最後まで存在感を放ちながら、生きていきたい。

なんて、汗だくだくになりながら思う今日この頃である。

とりあえず、一記事書けたので ノンアル で乾杯だ!